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愛とはきっとこういうことなんじゃないか、と思うのだ

愛とは、

感謝と努力

だと思うのだ。

 

気がつけばいつもそこに有るモノでは、

けっしてない、

と思うのだ

 

庭に咲いている花を

「水仙」と知っているか、というところから始まる。

 

水仙なんて、小学校でも、中学校でも、教えてはくれない。

誰が教えてくれたんだろう、

そこに気づくことから始まる。

 

春一番の水仙を切って

一輪挿しに挿して、トイレに飾る。

 

自分のためだけではないはずだ。

 

愛ってそういうことだ。

 

 

「トイレの花、水仙、気づいた?」

「うん、キレイだね」

 

言われる前に

「庭の水仙でしょ? 玄関で気づいたよ、トイレもいいね。キレイだね」

先に気が付いて話しかける、

 

愛って、そういうことだ。

 

最初っからあるものではない、

気が付く努力

感謝する努力、

伝える努力、

そうして愛は「カタチ」なる。

 

悲しいかな、「カタチ」がないと不安になる

不安にならないように

気を遣う、努力をする、

愛ってそういうことだ。

 

 

お風呂のボディソープが空になった。

お湯を足して、シャカシャカ振って石鹸水を作って

使い果たした、

 

「ボディソープ、なくなったよ」

 

一緒に使う相手がいるなら、それ、伝えよう。

 

愛って、そういうことだ。

 

聞かなきゃ、無くなったことを知らずにお風呂に入り、

裸んぼで、さあ、カラダを洗いましょう、というときに

「あら、からっぽだわ、もお、無くなった無くなったって言ってくらたらいいのに」

 

 

新しいの

買ってきたら、伝えよう

「ボディソープ、買ってきたわよ」

 

 

愛って、

黙っていても、いつのまにか、自然にそこにあるものでは、

けっしてないのだ

 

「あ、ごめん、言うの忘れてた。ごめんね、ありがとう」

 

愛ってきっとそういうことなんだ。

 

 

 

恋は、

あっというまにおちるものだけど、

 

愛は、それとは違う。

 

 

 

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コットンチューリップ:小林純子 * キレイとゲンキのごはん以外 * 00:27 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

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